【書籍】話題の本をピックアップ!ぜひ、ご紹介します!?/2022.11.14。(´・ω・`)


こんにちは、ハクです。


試しに、日曜日にあります、書籍紹介の新聞2版があります。
あまりにも多いのですが書籍を「評」する紹介文がありまして、よく読んでみています。
参考には良いと思い、出してみました。

このように記入すると時間がかかり、6冊しかできませんでした。すみません。
どうぞ、ぽちっと「折りたたみメニュー」をお願いたします。


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【著者とひととき】
『誰も書かなかった玉城デニーの青春』…沖縄の痛み、骨身で知る
    藤井 誠二 (ふじい・せいじ)さん


★★★★[ 紹介文はこちら ]★★


  「日本復帰」から今年で50年の沖縄。伊江島出身の母と米軍関係者だった父を持つ玉城デニー知事の生涯をたどり、沖縄戦後史の一断面を描き出した藤井誠二さんは「デニーさんは、第2次大戦後の沖縄が受けた『痛み』を骨身で知る人間。だから信頼に値する、と私は思う」と話す。

  沖縄の政治史に玉城氏を位置付けようと取材を始めたが、本人へインタビューを重ねるうちに「弾むように語る若き日のエピソード」に引かれた。

  米軍統治下の1959年に生まれた「ミックスルーツ」の玉城氏。父が帰国して不在の家で生計を立てるため、母は幼い息子を親友の女性に預け、昼も夜も働いた。

  県民の4人に1人が犠牲となった沖縄県の記憶が生々しい当時、米国人とのミックスの子どもは差別や偏見に苦しんだ。玉城氏もいじめを受け、復帰運動の参加者からは「あんたは日の丸振らなくていい」と言われた。「自分は何者なのか、ルーツについて葛藤があった、と話していました」

  そんな彼は育ての母の愛情を受け、高校時代には友人とのバンド活動に熱中する。新著では、差別への抵抗表現でもある沖縄ロックの特質に触れた。「家族や親族の愛情、そしてバンドが彼の自己肯定感につながった」

  交流サイト(SNS)などで友人、知人を捜し当て、片っ端から連絡を取った。米軍普天間飛行場辺野古移設に反対する玉城氏とは、政治的に異なる立場の人も多かった。「取材相手の不利益にならないよう、書かなかった話も多い。でも、デニーさんの人格をそしる人は皆無だった」

  戦勝国による統治の実態、地縁や血縁から外れた者の苦悩など、沖縄社会の複雑さにも紙幅を割いた。「ミックスへの偏見は今もある。でも、デニーさんを知事に選ぶ不思議な多面性があるのも、また沖縄なんです」

  「内地」出身で、十数年前から沖縄と那覇の2拠点生活を続ける藤井さん。沖縄に関する取材で壁を感じるtこともあるが「外の人間だからこそ、誰も書かなかったデニーさんの話の価値に気付けたのかもしれません」

(「誰も書かなかった玉城デニーの青春」は光文社・1760円)


【読 書】
ハヤブサ消防団…エンタメ版「郷土記録」
池井戸 潤(いけいど・じゅん)
1963年岐阜県生まれ。作家。2011年「下町ロケット」で直木賞。「空飛ぶタイヤ」「鉄の骨」など著書多数。


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 評・温水ゆかり(ライター)


  根を張る場所のない個は、どこにいてもあてどない。その点、本書の主人公で35歳のミステリー作家、三馬太郎は幸運だ。

  地方取材の折、亡父の残した空き家を訪ね、大自然の中で全身の細胞が歓喜するのを感じる。年に倦んでいた自分に気づき移住を決意。著者の出身者を思わせる日本列島の中部、山間ののどかなハヤブサ地区が本書の舞台だ。

  田舎暮らしの要諦は共同体感覚の培養ではないだろうか。歴史や土地への親和、神事や祭事への参加、四季や豊かな自然に対する共通の感興などがその意識を高める。

  自治体に入った太郎は、祭りや灯明当番などめじろ押しの年間行事に目を丸くする一方、若い衆たちに"仲間になろう"と誘われ、消防団にも入る。応援団から暴力団まで団と付くものはすべて遠ざけてきたのに、共助の心が目覚めたのだ。

  早々に火事が発生。焼き跡に立つ仲間の言葉に衝撃を受ける。今年に入って3軒目、「連続放火や」。警察の捜索も手伝う消防団は後日、滝壺でよからぬ評判の若者の溺死体も発見する。桃源郷に見えたこの集落で、何が起こっているのか?

  高齢化、過疎化、手放さざるを得ない伝来の山や畑、「田毎の月」と言われるような農村地帯の景観を一変させる太陽光パネル業者の暗躍。太郎の担当編集者は、町おこしに関わる映像クリエーターの美しい女性について、危険な新興宗教と関係があり、要注意だとメールしてくる。

  太郎が気のいい土地の人の交流を通して父の古里になじんでいく過程には、日本の暮らしを再発見する喜びがあり、土地の異変をミステリー作家らしい取材力と推理で解明していく中で、日本の過疎化という喫緊の課題が浮かび上がる。蜂の幼虫やイノシシ鍋など山のグルメも楽しい。

  偶然にも、今ホットなカルト問題も見え隠れするが、本質は著者が自身の故郷や友たちに贈る郷土記録文学のエンタメ版だろう。作家の恩返しのようだ。

 (集英社・1925円)


【読 書】
『翻訳、一期一会』…言語や歴史 縦横無尽に
鴻巣友季子(こうのす・ゆきこ)
1963年東京都生まれ。翻訳者。訳書にJ・M・クッツェー「恥辱」、エミリー・ブロンテ嵐が丘」など。


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 評・栩木 玲子(法政大教授)


  翻訳問答シリーズ第3弾である。一つのテキストを、翻訳者である鴻巣友季子氏とゲストが日本語に訳し、せーので見せ合ってワイワイ語る趣向。ラストには「多言語の交差さするほうへ」と題された座談会が用意されている。言語世界の豊かさをそのまま反映したかのように、ゲスト陣がきらびやかだ。

  横尾忠則氏はボブ・ディランの「風に吹かれて」を「答えなんかほっておけ」と訳す。個人を超越した「個」、転生、五欲の超越―仏教的広がりを感じさせる自由な解釈は痛快である。

  ダイアモンド☆ユカイ氏は無数の謎解きを誘うイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」を選び、そこにウッドストックの残像を読み込む。旅人を出迎える「彼女」はジャニス・ジョプリンのイメージだ。その心は?と思われた方はぜひ本書を手に取っていただきたい。

  時代は一気にさかのぼり、次なるテキストは「枕草子」と「おくのほそ道」。多和田葉子氏はドイツ語訳から、鴻巣氏は英訳から、それぞれの日本語バージョンを紡ぎ出す。重訳の面白さを堪能できるのはもちろん、多和田氏にとっての創作と翻訳の違いなどもうかがわれて、興味は尽きない。

  翻訳者の端くれとして筆者が「そうそう、そうだよねー」と膝と打ち続けたのは、斎藤真理子氏と鴻巣氏がマーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」を訳し合ったセッション。原著で同じ表現が繰り返されるとき、訳をどうするか。漢字語と大和言葉の使い分け、時制の自由度、区切り符は?細部が作品の骨格や人物造形を左右することが両氏のやりとりから如実に伝わっている。

  言語、歴史、文化の諸層を縦横無尽に駆け抜ける本書の総仕上げが、呉明益、温又柔、天野健太郎、そして鴻巣の4氏による座談会だ。台湾語、中国語、日本語の亀裂と接続が丁寧に、かつとても具体的に素描される。読後の余韻は温かい。それは翻訳の極意伝えたいという思いの温かさに違いない。

 (左右社・1980円)


【読 書】
『1歳の君とバナナへ』…コロナ下の育児奮闘記
岡田 悠(おかだ・ゆう)
1988年兵庫県生まれ。会社員兼作家。著書に「10年間飲みかけの午後の紅茶に別れを告げたい」など。


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 評・三宅 香帆(書評家)


  ウェブメディアを中心に活躍し、個性的な旅行記を書くことで有名な著者が、結婚し、親になった。本書は、彼が父となり、1年育休を取って子育てに奮闘する日々をつづったエッセーである。

  一部は投稿サイト「note」で発表した文章が基になっているが、全体的には「子どもへの手紙」という体裁でまとめられている。いつか子どもが本を読めるようになったときのために、自らは覚えていないであろう1歳になるまでを書き記した、と著者はいう。

  突然やって来た新型コロナウイルスの流行は、結婚式を中止にさせ、妻の出産後も面会禁止にさせた。コロナ禍はさまざまな人のライフスタイルに変化を及ぼしたが、とくに子育て世代への影響を知ることができる一冊にもなっている。

  本書の中盤、「子どもが生まれると『人生の主役ではなくなる』というが、はたしてそれは本当なのか?」という問いかけがなされる。たしかに親になったことのない身からすると「親になる」ことは途方もない人生の大転換のように思える。旅行もしづらくなるし、普通のレジャーすら制約がつくようになる。しかもコロナ禍だ。親になることに対し、ネガティブな情報ばかり聞こえてくる時代かもしれない。

  しかし著者は、その問いにか軽やかな答えを出す。誰かと共に暮らすことも、子どもを持つことも、決して自分自身をなくすことではない。ただ自分の自発的な感動や、趣味、そして時間の使い方が変わるだけなのだと。著者は子どもを育てることによって、自分の手元に増えるものについて、焦点を当てる。知らない世界と新たに出合った驚きの追体験もそうだ。

  コロナ禍での子育ても、決して怖がることはない。親になってみると分かる。もっと美しく感動する体験がたくさんあるのだと、著者は説く。まるで旅先から楽しいよという手紙を出すように、著者ならではの子育ての現在地を読者へ伝えてくれる本である。

 (小学館・1694円)


【読 書】
『ザ・ナイン ナチスと闘った9人の女たち』…脱出者の歩み 立体的に
グウェン・ストラウス(GWEN STRQUSS)
ハイチ生まれの詩人、短編作家、随筆家。南フランス在住。著書に「ナイトシミー 元気になる魔法」など。


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 評・本岡 典子(ノンフィクション作家)


  ナチス占領下のフランスで諜報活動や武器運搬を担うレジスタンス活動に身を投じ、強制収容所に送られた20代の女性9人が移送中に決死の脱出を試みた。強固な意志に結ばれた友情とユーモアで生還する群像劇さながらのノンフィクションである。

  「わたしはまだこの世に生きた痕跡を残せていない。今諦めたら、何も残らないじゃない」。9人は1945年4月15日、ナチス親衛隊が強いた「死の行進」から逃走し、戦火をくぐり抜けて前線を突破する。若き生命力ゆえの快挙だった。

  著者は2002年、そのリーダー格だった大叔母にインタビューしたのをきっかけに調査を開始する。「九人が死んでしまう前に、調査を始められばよかった」と悔やみつつ、生存者の手記やドキュメンタリー映画、親族らの証言、書籍、アーカイブ資料を存分に活用し、パリ帰還後の苦悩も含め彼女たちの人生を立体的に浮かび上がらせた。

  飢えの極致である収容所では、意外にも豪勢な料理のレシピ語りが楽しみだった。彼女たちは想像力を働かせ、「ちゃんと味わえたわ!」と声を上げ、つかの間の慰めを見いだしたというのだ。

  帰還者の苦悩は胸を突く。拷問を受け、無罪なしかばねを見続けた経験語りを母から制止された娘は、疎外感に襲われる。抑うつ不眠症、消化不良など心身の慢性疾患を抑える者も少なくない。

  死の行進をつづった一人の手記に「春の草の香に心おどらせている。文章は喜びと幸福感にあふれている。ユーモアたっぷりの楽天的な書きぶり」と衝撃を受けるのは、詩人でもある著者ならではの感性か。だが同時に「この記憶と現実の不調和は、ひとつには自分の心を守るための防衛機制によるものだろう」と洞察は抑制的だ。

  著者の調査に触発された遺族が脱出者である母の手記を屋根裏で発掘し、「七五歳になって、初めて母のことがわかったのよ」と涙したシーンは、史実を追う物書きへの励ましとして受け止めた。

 (笹山裕子訳、河出書房新社・3135円)


【読 書】
『枢密院』…「憲法の番人」実像描く
望月 雅士(もちづき・まさし)
1965年埼玉県生まれ。早稲田大非常勤講師。主要論文に「枢密院と政治」(由井正臣編「枢密院の研究」所収)。


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 評・清水唯一朗(慶応義塾大教授)


  さまざまな角度から歴史を捉えなおすことのできる時代にうまれたことを幸せに思う。勝者以外の視角を持つことで、人々の試行錯誤はより生々しく浮かび上がる。

  近代日本の政治が興味を引くのは、それが明治憲法体制という権力分立構造の上に成り立ち、対立と試行錯誤を繰り広げた結果、光も影もある歴史が生まれているからだろう。そうした権力のうち、枢密院は秘密めいた名前の通り実態が捉えにくく、長く研究上の空白であった。本書は、待望の通史的研究である。

  枢密院は「憲法の番人」のイメージが強い。明治憲法の制定にかかわり、重要法令や条約の批准には同院の審議を通過することが必要であった。彼らの判断はときに政権の重要政策を阻み、内閣を崩壊させた。枢密院には政権を抑圧する批判的権力という負のイメージがつきまとうが、著者はそこに彼らなりの合理性を見いだそうとする。

  明治期、枢密院は天皇が裁可を行う際の諮問機関であると同時に、政権を降りた人材をプールする機能を持った。創設者の伊藤博文や、山県有朋がここで再起を待ち、政府を支える役割意識のもと枢密院を穏健に導いた。

  大正期、国民世論が伸長し、政党政治の時代になると、明治憲法体制の樹立にかかわった官僚政治家たちがここによった。伊藤らの世代と違い、彼らには再起の可能性がほぼない。憲法制定時の理念にこだわる彼らは、ときに時流とぶつかり、政党内閣を阻んだ。

  政治的な姿勢は世論の強い批判に遭う。大正末から昭和戦前期、政府は専門性の高い法曹家を登用し立て直しを図った。生まれ変わった真面目な枢密院は、戦争の泥沼への進むなかで懸念を述べ続けた。しかし、それでは状況は変わらなかった。

  主役を担う者、脇役を演ずる者、裏から支える者、それぞれに論理がある。変化する時代の中で、ぶつかりあう論理をどう扱っていくか。枢密院の歴史はその処し方を教えてくれる。

 (講談社現代新書・1320円)


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今回もどれも読みたいと思います。その書籍の紹介文はなるほど、読みたくなるのはすごいものです。これもアフィリエイトのための文章力(ライター?)の参考のために読み続けます。では、失礼しました。


(´・ω・`)
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